トレス海峡という名は、1606年にこの海を航海したスペインの探検家ルイス・バエス・デ・トレスから来ています。みんぱく(国立民族学博物館)の丹羽典生教授は、館のメールマガジンに寄せた文で、外から来た探検家の名に由来するこの地名は植民地主義の歴史も背負っていると書きました。その名に異を唱えたのが、のちに地域の文化的指導者のひとりになるエフライム・バニです。バニが提唱した「ゼナドスケス(Zenadth Kes)」は島々の言葉を組み合わせた呼び名で、「ふたつの国の北と南の海岸線のあいだにある通り道/場所」という意味になります。
丹羽教授によると、バニは1970年代に現地を訪れた日本のトレス海峡調査隊のメンバーと深く交流していた人物のひとりでもありました。その調査隊の写真を中心にした企画展「トレス海峡(ゼナドスケス)と日本」が、9月10日から12月15日まで本館企画展示場で開かれています。本館の観覧券で入れるので、常設のオセアニア展示と続けて見られます。
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木曜島の日本人と1970年代の写真
トレス海峡はオーストラリア最北部、パプアニューギニアとの国境沿いの海域です。オーストラリア大陸部の先住民とは異なる、独自の文化をもつ先住民が暮らしています。海峡のワイベン島には明治時代から多くの日本人が移り住み、高級ボタンの原料になる真珠貝を求めて海深く潜りました。日本では木曜島の名で知られる島で、丹羽教授は、第二次世界大戦の前には日本人が島で最大規模の人口を占めていたと書いています。
この土地に目を付けたのが、地理学者を中心とする日本の学術調査隊でした。1970年代に3回、大規模な調査を行い、丹羽教授はそれを「世界的にも19世紀のイギリスの調査に次ぐ、画期的な総合調査として記憶されている」と紹介しています。企画展の中心は、調査隊を率いた一人である地理学者、大島襄二(1920〜2014年)が撮った膨大な写真で、みんぱくが所蔵しています。展示の案内には、1979年にマシグ島で撮られた女性の漁や、カダール島でのカヌー模型のレースの写真が載っています。
展示概要には、これらの記録がいまでは現地の先住民にとって、自分たちの過去を知る貴重な資料になっているとあります。丹羽教授も新聞への寄稿で、いまも続く日本と現地の社会との付き合いや、歴史を次の世代へ渡す取り組みも展示で紹介する、と書きました。主催はみんぱく、協賛はオーストラリア大使館で、協力には和歌山県企画部企画政策局国際課と串本町・串本町教育委員会も名を連ねています。
館の広報誌『月刊みんぱく』2026年8月号も、同じ大島襄二写真コレクションを使って特集「木曜島の小さな日本」を組みました。丹羽教授の「遙かなる太平洋を越えた日本人」のほか、「木曜島とふるさと和歌山」「『木曜島の夜会』と木曜島の日本」などが載っています。
研究者が自分で話す日
10月5日(月)14:30〜15:00は、平野智佳子准教授の「なぜ、展示されてこなかったのか?――トレス海峡資料の来歴」です。みんぱくはトレス海峡の資料を約50点収蔵していますが、常設展には一つも出ていません。トークはこの「見えないコレクション」を取り上げ、その背景と、資料と現地のコミュニティのいまの関係を考えます。会場は本館展示場のナビひろばで、着席40、立ち見もできます。
10月11日(日)14:30〜15:00は、丹羽教授の「トレス海峡調査隊の50年」で、会場は企画展示場です。調査隊が現地で何を見たのか、残した写真がいま現地社会でどう使われているのかを話します。どちらもイベントの参加費は要りませんが、展示の観覧券が要ります。
海を渡った人びとの話から始まる展示室
館の説明では、オセアニアは海が面積のほとんどを占め、大小数万をこえる島が散らばる地域です。そこで発達した航海術をもち、根栽農耕を営む人びとが暮らしてきました。展示は「移動と拡散」「海での暮らし」「島での暮らし」「外部世界との接触」「先住民のアイデンティティ表現」に分かれます。前の3つは資源の限られた島でどう工夫して暮らしてきたか、後の2つは外の世界と出会ってから伝統文化をどう受け継ぎ、発展させてきたかを見せます。
「移動と拡散」の手がかりはラピタ土器(復原)です。紀元前1500年ごろ東南アジアから来たオーストロネシア語を話す人びとは、オセアニアのほとんどの島へ移り住みました。細かな刺突で人の顔や幾何学紋様を描いたこの土器が見つかる島をたどると、人びとがメラネシアを通ってポリネシアへ広がったことが分かります。ニューカレドニアの土器を、ジャン=ピエール・シオラが2003年に復原したものです。メラネシアのカヌーは船首や船尾に彫刻を施したものが多く、船首から吊るして魔よけにした装飾もありました。



貨幣も並びます。ヤップ島(ミクロネシア連邦)の石貨は、パラオの鍾乳石で作ってヤップ島まで運んだもので、カヌー建造の謝礼や儀礼の交換財に使われました。サンタクルーズ諸島(ソロモン諸島)の羽毛貨は、300羽もの鳥から採ったミツスイの羽根を樹皮にはりつけたもので、男性が妻をもらうときの婚資や、島の規則を破ったときの賠償に使われました。

「外部世界との接触」には教会の衣装があります。館の説明では、今日のオセアニアの人びとの多くは熱心なキリスト教徒で、イギリス人宣教師が持ち込んだ衣服と伝統的な衣装が合わさって、オセアニアに特徴的な教会衣装が生まれました。


「先住民のアイデンティティ表現」には、ニューアイルランド島北部(パプアニューギニア)で19世紀後半に作られた仮面「タタヌア」があります。タタヌアは人間がもつ3つの魂のうちもっとも重要で、頭部にあると考えられている魂のことで、この仮面だけはマランガン儀礼のあとも保存されます。木彫「ディンゴの一家」は、白人牧畜業者に迫害されてきた野生犬ディンゴを白人社会の中のアボリジニに重ねた、都市アボリジニ芸術家リン・オナスの作品です。


展示場は、館が2020年度に撮影したパノラマムービーでも見渡せます。出かける前に、パソコンの画面で各展示場の様子をいろいろな角度から確かめられます。
観覧料と無料観覧日
企画展も本館展示も、観覧料は同じです。
| 区分 | 観覧料 |
|---|---|
| 一般 | 780円 |
| 大学生 | 340円 |
| 高校生以下 | 無料 |
| 満65歳以上 | 660円(年齢の分かるものを見せる) |
| 障がい者手帳を持つ人 | 無料(付き添い1名も無料) |
開館は10:00〜17:00(入館は16:30まで)です。休館日は毎週水曜日(水曜日が祝日なら直後の平日)と年末年始(12月28日〜1月4日)。本館展示の電子チケットはJTBレジャーチケットとアソビューで買え、有効期限は購入日から30日間です。
令和8年度の無料観覧日は「関西文化の日」の11月14日(土)と15日(日)で、本館展示とこの企画展が対象です。同じ館で開かれている特別展・令和8年度アイヌ工芸品展「沙流川に生きる」は、この2日間も有料です(一般1,200円、大学生600円、高校生以下無料)。
編集部の考え
関雄二館長は館長あいさつで、「人類全体、地球全体を視野におきつつ、個別の文化と社会の存在を認めていく態度」が今こそ求められていると書き、集めてきた資料を、資料の提供者や提供集団と共有し直す取り組みを進めていると述べています。企画展では、日本の調査隊が撮った写真が、いまは島の人びとが自分たちの過去を知る手がかりになっています。約50点の資料がなぜ常設展に出てこなかったのかを、館の研究者が自分の口で話す回まで用意されています。石貨や教会衣装の並ぶ展示室と、同じ海の半世紀前を写した写真を、12月15日までは一度の観覧券で見られます。