殺生石は、栃木県那須町の那須湯本温泉街にある岩で、九尾の狐が姿を変えた石だと伝わっています。2014年に名勝「おくのほそ道の風景地」の一つとして国の指定を受け、2022年3月には割れているのが確認されました。JR黒磯駅・那須塩原駅からは、路線バスで那須湯本温泉まで行けます。
1. 九尾の狐が石になった、という伝説
那須町の公式サイトによると、殺生石は那須岳の丘陵が那須湯本温泉街に迫る斜面、湯川に沿ったところにあります。中国やインドで悪行を重ねたと伝わる「九尾の狐」が化身したという岩で、周辺には今も独特な硫黄の香りが漂っています。那須町観光協会は、これを「白面金毛九尾の狐」にまつわる伝説上の名所旧跡と紹介しています。

伝説の筋を那須町のページから追うと、こうなります。平安の昔、天竺(インド)と唐(中国)から飛来した九尾の狐が「玉藻の前」という美女に化け、鳥羽院の寵愛を受けました。院は日に日に衰弱し、陰陽師の安倍泰成が正体を見破ると、狐は那須野ヶ原へ逃れます。朝廷の命を受けた上総介広常と三浦介義純が狐を追い詰めて討つと、狐は巨大な石に姿を変え、毒気をふりまいて人や家畜、鳥や獣に被害を及ぼしました。室町時代になって源翁和尚がこの石に向かって一喝すると、石は三つに割れて飛び散り、その一つが那須町湯本に残った、と那須町は説明しています。

物語の舞台は平安時代ですが、那須町のページは「九尾の狐」の物語が文献に初めて登場するのは室町時代の文安2年(1445)に書かれた「下学集」だとしています。その後、謡曲「殺生石」(日吉佐阿弥安清の作)が生まれ、江戸時代には「玉藻の前あさひの袂」「三国妖婦伝」など演劇の題材になり、昭和55年には中村歌右衛門による歌舞伎も上演されました。伝説は何百年もかけて語り直されながら広まってきた、ということです。
伝承地をめぐる語りのシリーズには、那須を扱った回があります。高橋御山人の『高橋御山人の百社巡礼 其之四拾四 栃木・那須 那須与一と九尾の狐』PRで、語り手は高橋御山人ほか、29 分です。

2. 松尾芭蕉が訪ね、2014年に国の名勝へ
俳人の松尾芭蕉もこの地を訪れています。「おくのほそ道」に「石の毒気いまだ滅びず、蜂蝶のたぐひ真砂の色の見えぬほど重なり死す」と書き、「石の香や夏草あかく露あつし」の句を残しました。芭蕉の本文と曾良の旅日記は、岩波文庫『おくのほそ道』(Amazon)PRで読めます。
文化庁の文化遺産オンラインによると、殺生石は「おくのほそ道の風景地」の一つとして、2014年3月18日に国の名勝に指定されています。「おくのほそ道の風景地」は、芭蕉と弟子の曾良が訪ね「おくのほそ道」や「曾良旅日記」に書きとめた場所のうち、13か所をまとめて指定したものです。区分は「記念物/史跡」で、殺生石の所在地は那須町大字湯本182です。
3. 殺生石が割れた2022年3月
那須町観光協会の広報紙「カメラスケッチ」2022年5月号によると、2022年3月5日に殺生石が割れていることが判明しました。3月26日には町観光協会が、九尾の狐を供養する慰霊祭と、割れて飛び出した九尾の狐がコロナ収束や世界平和への吉兆となるよう願う平和祈願祭をあわせて営んでいます。
3月29日には町の観光アンバサダー委嘱状交付式が行われ、栃木県ご当地アイドルのリアル姉妹ユニット「Lovin&S」と、九尾狐に扮して町内をPRしている「九尾狐のお散歩」が、初代の町観光アンバサダーに就任しました。那須町観光協会のサイトには、殺生石に住み町観光大使を務めるという設定のキャラクター「きゅーびー」の紹介もあります。石が割れたあとも、九尾の狐は那須町の観光の顔であり続けています。
現在の殺生石には、しめ縄が巻かれています。三つに割れた姿のまま横たわり、そばに立つと今も硫黄の香りが感じられます。
4. 那須温泉神社と鹿の湯、狐と鹿の2つの伝説が重なる土地
殺生石のそばには、共同浴場「鹿の湯」があります。那須町観光協会によると、那須温泉の開湯は第34代舒明天皇の御代、630年ごろにさかのぼります。郡司の狩野三郎行広が狩りで傷つけた白鹿を追い、温泉の神を名乗る老翁に導かれて温泉を見つけたのが始まりとされ、三郎はこの湯を鹿の湯と名付け、温泉の杜(現在の那須温泉神社)を建立したと伝わります。同協会は、この開湯を「日本で32番目に古く、栃木県では最古」としています。

那須町のページによると、殺生石は那須温泉神社の本殿から北へ200メートルほどの駐車場の奥にあります。九尾の狐の伝説と鹿の湯の開湯伝説は別の言い伝えですが、那須湯本の狭い一角に重なって伝わっています。温泉街を歩けば、殺生石と那須温泉神社の両方を続けて見られます。
5. 黒磯駅・那須塩原駅からバスで那須湯本温泉へ
那須町観光協会のアクセスページによると、東京から新幹線「なすの」で那須塩原駅まで75分、仙台から新幹線「やまびこ」でも那須塩原駅まで75分です。在来線は黒磯駅で下車します。
那須湯本温泉へは、関東自動車の路線バスで向かいます。2026年9月24日時点の時刻表では、黒磯駅西口からの運賃は950円、所要時間は35分前後です。那須塩原駅西口からは運賃1,170円、所要時間は50分前後です。関東自動車は2026年10月1日にダイヤを改正しましたが、告知の対象は県央エリア(宇都宮市・鹿沼市・日光市・下野市・真岡市など)で、黒磯・那須の路線は挙がっていません。10月2日に時刻表を見直しても、運賃と所要時間は同じでした。出発前に最新の時刻表を確かめてください。
バスの本数が多くないので、朝のうちに殺生石と鹿の湯を歩くなら、前の晩の宿は楽天トラベルの那須・板室・黒磯のホテル・旅館の一覧PRで探せます。那須湯本の温泉街の宿もこの一覧に入っています。
新宿からの高速バス「那須・新宿線(那須塩原号)」は、2025年4月1日から当面の間運休しています。
那須高原に着いてから周遊するなら、「那須高原観光周遊バス」(2026年4月1日〜11月30日の夏ダイヤで運行、1回乗車は大人800円・小人400円、1日乗り降り自由の「観光周遊1DAYパス」は1,500円)や、那須線・板室線が2日間乗り放題になる「那須高原フリーパス」(大人3,000円・小人1,500円)も使えます。那須高原観光周遊バスの乗車券は、バス車内のほか道の駅那須高原友愛の森、那須町観光協会、ホテルエピナール那須で購入できます。那須高原フリーパスは、バス車内、那須塩原市観光案内所(那須塩原駅構内)、黒磯駅前定期券センターで購入できます。
殺生石を見学するときは「木道から外れない」「しゃがまない」ようにしてください(環境省関東環境局の2021年7月のブログ)。4本足の動物は姿勢が低く、濃い硫化水素(H2S)を吸い込む危険があります。小さな子どもは歩かせずに抱きかかえてください。木道を外れずに見学していれば大丈夫、とも同ブログにあります。現地の掲示にも従ってください。
編集部の考え
殺生石の伝説は、平安時代を舞台にしながら、文献に載るのは室町時代の「下学集」から、広く知られるようになるのは謡曲や歌舞伎を経てのことです。何百年もかけて語り直されてきた話で、2022年に石が割れたことも、町が慰霊祭を営み観光アンバサダーを立てるという形で、その語り直しの続きになっていると思います。
殺生石を見に行くなら、隣接する那須温泉神社と鹿の湯もあわせて歩けます。黒磯駅・那須塩原駅からのバスは本数が多くないので、行き帰りの時刻は現地に着く前に関東自動車のサイトで確かめておくと安心です。