喜多方ラーメンは、大正末期に中国から渡ってきた一人の青年が、チャルメラを吹きながら屋台を引いて売り歩いたラーメンが発祥と言われています。その手作りのそばが「九十余年の歴史を持つ喜多方ラーメンの元祖」だと、喜多方市は文化庁に出した認定の文に書きました。市内のラーメン店でつくる蔵のまち喜多方老麺会も、発祥は「と言われています」の形で伝えています。
文化庁が、地域で世代を超えて受け継がれてきた食文化を認定する「100年フード」の令和3年度の認定で、喜多方ラーメンは近代の100年フード部門に入りました。申請したのは喜多方市です。
幅約4mmの平打ち熟成多加水麺
認定の文では、麺は一般には幅約4mmの太麺です。水分を多く含ませてじっくり寝かせて作るので「平打ち熟成多加水麺」と呼ばれ、「コシと独特の縮れがあるのが特徴です」。老麺会のページも、一般的な麺より水分を多く含んだこの麺を大きな特徴に挙げ、太さも縮れもコシも店ごとに違う、と続けます。
スープは醤油味が基本ですが、店によって塩味や味噌仕立てがあり、同じ市の文の言い方では千差万別です。麺とスープのどちらにも、飯豊連峰からの伏流水と、「平成の名水百選」に選ばれている「栂峰渓流水」が多く含まれています。喜多方観光物産協会のページには、この伏流水は硬度13の超軟水とあり、良質な味噌と醤油を使ったスープが特徴に挙がっています。老麺会のページには、その水で麺を作り、醤油や味噌を作り、豚骨や魚介類、地元の野菜でスープを取る、とあります。
屋台から食堂、製麺所へ
由来の年は資料で少しずつ違います。市の文は大正末期、観光物産協会は大正時代末期で約90年、老麺会は大正末期から昭和初期と書きます。老麺会の略年表はもう一段細かく、1925(大正14)年に中国浙江省生まれの潘欽星氏が19歳で来日して長崎と横浜で働き、1927(昭和2)年に加納鉱山の叔父を頼って喜多方へ来て屋台を引いた、と名前と年を置いています。観光物産協会の由来の欄では、その手作りのそばを市内の食堂が学び、製麺店の努力で今の喜多方ラーメンになりました。年表では1945(昭和20)年に上海食堂が開き、1947(昭和22)年に蓮沼季吉氏が製麺工場を開いて機械打ちの縮れ麺を量産しています。
喜多方は醤油・味噌・清酒の醸造が盛んで蔵が多く、老麺会はそこを有名になった原点に挙げます。年表では1974(昭和49)年に金田実氏の写真展「蔵のまち喜多方」が開かれ、1975(昭和50)年にNHKの新日本紀行で蔵の町として放送され、蔵の観光が始まりました。蔵を撮りに来た観光客がラーメンを有名にした最初の要因だった、というのが老麺会の説明です。市がラーメンの宣伝を始めたのは1983(昭和58)年ごろで、同じ年の『るるぶ』7月号に特集が載っています。
朝ラーと老麺会の店
喜多方には朝からラーメンを食べる「朝ラー」があり、観光物産協会のページには、JR東日本の観光キャンペーンで知られるようになった、とあります。始まりには諸説があり、協会が挙げるのは3交代制の工場の夜勤明け、早朝の農作業のあと、冬の出稼ぎから帰って体を温めるため、の3つです。
老麺会のトップページには、市内にラーメン店が約100軒ほどあり、人口あたりの店の数が日本一といわれている、とあります。老麺会は1987年3月4日に発足した市内のラーメン店の団体で、加盟店の店先には黒い「喜多方老麺会」ののぼり旗が立ちます。加盟店は公式サイトに五十音順で並び、加盟店で使えるラーメン券も売っています。年末年始やゴールデンウィーク、お盆は営業時間が変わる店があるので、繁忙期の営業予定はトップページで確かめてください。
観光物産協会が店を探す先として案内する喜多方ラーメン案内所は、朝ラー・夜ラーメン・市の中心部か郊外か、で店を絞れます。加盟店のうち、櫻井食堂は喜多方駅の目の前、食堂なまえは駅からほど近い店と案内所にあります。店ごとの営業日と時間は取材時のものだと案内所が断っているので、行く前に各店に確かめてください。
7月17日は「喜多方ラーメンの日」です。市が令和5年5月に日本記念日協会へ登録を申請して登録されたもので、「喜」の字を草書体で書くと「七」が3つに見えること、77歳の喜寿に「喜」の字が使われることが由来です。市は毎月17日にも喜多方ラーメンを食べて盛り上げよう、と呼びかけています。
喜多方駅への行き方と、お土産ラーメンの売り場
喜多方駅はJR磐越西線の駅です。市のアクセス情報では、東京から東北新幹線で郡山まで85分、郡山から磐越西線で会津若松まで75分、会津若松から喜多方まで15分です。新潟からは磐越西線で新津へ出て、新津から喜多方まで120分。高速バスは新宿駅と東京駅から300分です。
お土産ラーメンを喜多方で買える売り場として、観光物産協会は道の駅 喜多の郷、会津喜多方ラーメン館 本館、はすぬま製麺、朝日屋食品、曽我製麺、五十嵐製麺を挙げています。ラーメン店によっては店でも扱っています。市のふるさと納税の返礼品には、老舗の店の味や喜多方ラーメンの特徴を再現した家庭向けのセットが並んでいて、来夢や上海、曽我製麺、朝日屋食品の品があります。
行く前に品を見ておくなら、楽天市場で喜多方ラーメンを探すPRとAmazonの検索結果PRで、麺とスープのセットの売られ方を一覧で見られます。
編集部の考え
蔵のまち喜多方老麺会は、店を継ぐ人を探しています。老麺会の事業承継のページには、かつて市内に100店舗以上あったラーメン店が近年は減り、主な要因は店主の高齢化と後継者不足だ、とあります。家族経営の個人店が多く、経営が安定している店でも将来を見て廃業を選ぶことがある、とも書かれています。老麺会は2022年4月に会津喜多方商工会議所や市役所、製麺会社と喜多方ラーメンブランドプロジェクトを立ち上げ、2023年8月には事業継承を目的とした地域おこし協力隊員を受け入れました。年表で1927年に屋台を引いた潘欽星氏が初代の源来軒は、令和7年9月に閉店しました。