愛媛県宇和島市の「うわじま牛鬼まつり」は、例年7月22日から24日にかけて開かれ、全長5〜6メートルの牛鬼が市内を練り歩きます。祭りの日以外に牛鬼を見るなら、愛媛県歴史文化博物館(西予市宇和町)に実物大の牛鬼が常設展示されています。松山からは、JR四国の特急宇和海で宇和島駅まで行けます。
早見表
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| うわじま牛鬼まつりの開催日 | 毎年7月22日〜24日(変更の可能性があります) |
| 2027年の日程 | 未発表(2026年9月24日時点) |
| 牛鬼の大きさ | 全長5〜6メートル |
| 祭り以外に見られる場所 | 愛媛県歴史文化博物館(西予市宇和町、全長685cmの牛鬼を常設展示) |
| 松山からのアクセス | JR特急宇和海で宇和島駅へ |
牛鬼はどんな山車か
牛鬼は、竹組みの胴体に丸木で作った長い首と鬼のような顔の頭、剣をかたどった尻尾が付いた山車です。全身はシュロの毛か赤い布で覆われています。うわじま牛鬼まつり実行委員会は、全長5〜6メートルとしています。数十人の若者が担ぎ上げ、子どもたちが「ブーヤレ」(竹ぼら)を吹き鳴らす音を従えて、家々に首を突っ込みながら練り歩き、悪魔払いをします。宇和島市観光物産協会は、胴体に赤い布をかぶせる今の姿になったのは昭和の初めからだと紹介しています。

牛鬼は神輿のように組み立てたまま保存されているわけではなく、祭りやイベントのたびに一から組み立てます。宇和島市観光物産協会の解説によると、竹を細く裂いて木組みの土台に巻き付け、胴体の肉付けをしたうえで布をかぶせて仕上げる、張り子に似た工程です。頭は箱に入れて保管され、祭り会場に着いてから首と一緒に胴体へセットします。文化遺産オンラインでは、この作り物としての牛鬼を「有形民俗文化財」に区分しています。
うわじま牛鬼まつりは毎年7月22日〜24日
宇和島の夏祭り「和霊大祭・うわじま牛鬼まつり」は、和霊神社の例大祭に合わせて1967年に市民イベントとして始まりました。愛媛県歴史文化博物館の解説記事によると、2019年で53回目。そこから数えて2026年は第60回にあたり、7月22日から24日の日程で開かれ、実行委員会は8月25日に「無事終了いたしました」とお礼を掲載しています。第61回、2027年の日程は、取材時点(2026年9月24日)で公式サイトのトップページにまだ告知が出ておらず、未確認です。
祭りの日以外に牛鬼を見る、愛媛県歴史文化博物館
文化遺産オンラインには「宇和島の牛鬼」という作品が載っています。愛媛県歴史文化博物館(愛媛県西予市宇和町卯之町4-11-2)が所蔵する全長685cmの牛鬼で、平成6(1994)年に製作されたものです。同館の「えひめの歴史文化モノ語り」第50回では、この牛鬼が写真付きで「県歴史文化博物館に常設展示されている牛鬼」と紹介されています。館内の民俗展示室①「愛媛の民俗・祭りと芸能」では、実物のだんじりやみこしとともに、愛媛県内の祭りや芸能を紹介しています。

文化遺産オンラインの解説によると、牛鬼が登場する祭礼は南予全域のほか、かつては上浮穴郡にもあり、隣接する高知県側も含めるとその数は約150ヶ所にのぼります。祭礼の中では神輿渡御の先導を務め、地区内をまわって悪魔祓いをする役目だといいます。
鳥山石燕の牛鬼と、宇和島の祭りの牛鬼は別のもの
「牛鬼」の名前で検索すると、江戸時代の絵に描かれた妖怪の牛鬼も出てきますが、宇和島の祭礼に登場する牛鬼とは別のものです。愛媛県歴史文化博物館の解説記事によると、伝説上の牛鬼は江戸時代中期の妖怪絵師・鳥山石燕の「画図百鬼夜行」に紹介され、百科事典「嬉遊笑覧」にも約30種類の妖怪の一つとして取り上げられた、広く知られた妖怪でした。ただしこちらは全身が黒毛で覆われて指が3本あったり、伝説上の土蜘蛛に類似したりする姿で、南予の祭礼に登場する牛鬼とは全く形状が異なっている、と同館は説明しています(専門学芸員・大本敬久、2019年7月21日付)。
加藤清正の伝説と、史料に残る初出は1784年
宇和島市観光物産協会は、頼山陽の「日本外史」を引いて、文禄元年・1592年の朝鮮出兵で加藤清正が晋州城を攻めた際、牛の生首を掲げた「亀甲車」を用いたのが牛鬼の起源だという言い伝えを紹介しています。この武勇伝を宇和島に伝えたのは藤堂高虎だとされます。
一方、愛媛県歴史文化博物館は、この加藤清正の伝説について、これは史実ではないとはっきり述べています。史料の上で牛鬼が南予地方の祭礼に登場していると確認できるのは江戸時代中期、1700年代半ば以降と推定され、加藤清正の伝説とは150年以上の隔たりがあります。現在確認されている最古の史料は、田苗真土村(現・西予市宇和町)の亀甲家文書にある1784(天明4)年の「牛鬼練物仕成諸入用人数面付帳」です。宇和島市観光物産協会は、宇和島の牛鬼の歴史はおよそ200年と言われている、とも紹介しています。
南予には地域ごとに形の違う牛鬼も伝わります。北宇和郡吉田町(現・宇和島市)には、江戸時代末期の祭礼絵巻に描かれた、宇和島の牛鬼とはやや形の違う牛鬼が今も受け継がれています。南宇和郡の御荘町・城辺町・一本松町(現・愛南町)などでは、「とろりよ」という練り歌を伴う牛鬼が伝わるといいます。宇和島市観光物産協会は、清少納言の「枕草子」に「名おそろしきもの――牛鬼」と記されていることも紹介しています。
松山駅から特急宇和海で宇和島へ
JR四国の特急「宇和海」は、松山駅と宇和島駅を結んでいます。ほとんどの列車は松山駅で特急「しおかぜ」「いしづち」に接続すると、JR四国の公式サイトは案内しています。一部、時間帯によって通過する駅があります。
宇和島駅の発車時刻表(2025年3月15日改正)には、松山方面行きの特急宇和海が2号から32号まで偶数の号数で並び、宇和島発は1日16本にのぼります。宇和島駅の住所は愛媛県宇和島市錦町です。
祭りの3日間に合わせて泊まるなら、楽天トラベルの宇和島駅周辺のホテル・旅館の一覧PRで探せます。2027年の日程はまだ発表されていないので、日程が出てから空きを見る形になります。
編集部の考え
うわじま牛鬼まつり自体は1967年に始まった、南予の牛鬼の歴史からすると新しい市民イベントです。牛鬼という造り物は、もっと広い範囲に、もっと古くから伝わっています。加藤清正の伝説は筋が分かりやすい分だけ広まりやすかったのだと思いますが、愛媛県歴史文化博物館は史実ではないとはっきり否定していて、史料でたどれるのは江戸時代中期以降です。妖怪絵師・鳥山石燕が描いた牛鬼と、南予の祭礼に出る牛鬼が別物だと知っておくと、検索して出てくる絵と実物の違いにも納得できます。祭りの熱気の中で見るのも、歴史文化博物館で腰を据えて眺めるのも、どちらも牛鬼の見方だと思います。