小平糧うどんは、小平ふるさと村(東京都小平市天神町)で土曜・日曜を中心に、昼に1日50食限定で売られる手打ちうどんです。1食500円。打つのは武蔵野手打ちうどん保存普及会の会員で、冷たい盛りうどんに茹でた旬の野菜を小皿で添え、温かい汁につけて食べます。この小皿の野菜が糧(かて)です。文化庁が、地域で世代を超えて受け継がれてきた食文化を認定する100年フードのひとつで、令和3年度の伝統の100年フード部門に武蔵野地域のうどん文化(小平糧うどん)として認定されました。申請者は保存普及会です。
糧は小皿の茹で野菜
糧は米偏に量と書きます。大根や小松菜など旬の野菜を茹でたもので、うどんとは別の小皿に盛って出てきます。保存普及会の歴史のページによると、水に乏しい武蔵野台地では米があまり取れず、米の代わりに小麦を植えてうどんを主に食べていました。そのうどんも貴重で、うどんだけで腹を満たすわけにはいかなかったので、野菜を糧として添えて食べていたと、同じページにあります。文化庁の認定の文は保存普及会が書いたもので、そこでは糧を「貴重なうどんを多く食べないように、小皿で添えられ出された」ものと言い切り、それが糧うどんの名の由来だとしています。栄養と満腹感を補う小皿で、ふるさと村では汁につけて食べるよう案内しています。
地粉を塩水で捏ね、三度足で踏む
麺は小平市内で取れる小麦粉(地粉)で打ちます。認定の文によると、塩水で捏ねて三度足で踏んで固めて玉にし、寝かせます。寝かせた玉は表面が艶やかになるので、中の空気を抜く菊揉みをして、もう一度足で踏んでから麺棒で伸ばします。地粉のうどんはやや黄みがかっていて、「切り落とした生地の端(うどんの耳)を載せるのが手打ちの証」です。
汁は昔は煮干しで出汁を取り、今は昆布とかつお節の出汁にキノコや油揚げを入れます。保存普及会は作り方のページで、ふるさと村で作っている16食分の出汁の手順を公開しています。昆布と干し椎茸を水に60分ほど浸けるところから、鰹節と長ネギの青い部分で煮出し、しめじとえのき、みりんとしょうゆ、湯通しした油揚げを入れるところまでで、糧にする大根と小松菜の茹で方も一緒に書いてあります。家庭で作るときの参考にしてほしい、というページです。
小平ふるさと村で土日に50食
小平ふるさと村は、小平市が旧小川家住宅玄関棟などの古い建物を移築復元して平成5年5月に開いた施設で、公益財団法人小平市文化振興財団が運営しています。糧うどんはそこで、保存普及会がJA東京むさしの協力で小平産の地粉を使って売っています。1日50食限定で、11時15分から販売を始めて、なくなり次第終了。団体予約はありません。保存普及会のトップページにある2026年の営業日は、10月24日(土)・25日(日)、11月7日(土)・8日(日)、12月5日(土)・6日(日)です。8月は休みで、ふるさと村が催しをする日も営業しません。2022年9月に営業を再開しています。
ふるさと村の開園は10時から16時、休園は月曜・第3火曜・祝日の翌日・年末年始です。11月21日(土)には保存普及会と文化振興財団の共催で麦蒔き日待ち秋の祭りがあり、来た人に手打ちうどんを無料で200食振る舞います。
こだいら観光まちづくり協会のページには、市内に糧うどんや手打ちうどんの名前で出す店もあるとあります。どの店かは、公開のページでは未確認です。
小平駅から歩いて20分
ふるさと村の所在地は小平市天神町3丁目9番1号で、西武新宿線の小平駅から徒歩20分、花小金井駅からも徒歩20分です。小平駅は新宿線の久米川と花小金井の間にあって、拝島線が萩山方面へ分かれる駅で、急行も止まります。歩かないなら、花小金井駅北口から立川バスの昭和病院行き・大沼団地行き、または都営バスの青梅車庫行きに乗り、昭和病院バス停で下車徒歩3分。一般の来園者向けの駐車場はありませんが、駐輪場はあります。
家で食べるなら
小平糧うどんは、保存普及会とふるさと村のどちらのページでも、ふるさと村で食べるものとして案内されています。家では、上の出汁の手順と、保存普及会のおうちdeうどんのページが手がかりになります。小平まで行けない人が地粉のうどんを取り寄せるなら、楽天市場で武蔵野うどんの生麺を探すPRとAmazonの検索結果PRに、武蔵野うどんの生麺が出てきます。小平の品ではなく、武蔵野うどんとして売られているものです。
水に乏しい台地の、冠婚葬祭のうどん
保存普及会の歴史のページによると、武蔵野台地は荒川・多摩川・入間川に囲まれた水に乏しい台地で、この地域の農家は冠婚葬祭をすべて家で執り行い、ご馳走をふるまったあとにうどんを出す風習がありました。ふるさと村のページにも、小平には田んぼがほとんどなく、ヒエ・アワ・小麦が作られ、正月や彼岸、盆、人寄せには畑で収穫した地粉で手打ちうどんを打つ習慣があったとあります。おいしいうどんが打てない女性は嫁のもらい手がいない、というたとえ話もそこに出てきます。このうどんに武蔵野うどんという名前はなく、ただの手打ちうどんとして受け継がれてきました。小平出身の加藤有次(国学院大学名誉教授)が「幼少期に食べた母親の作るうどんを復元したく」昭和63年1月に保存普及会を設立し、武蔵野台地の小麦で作ったうどんを武蔵野手打ちうどんと名付けました。
編集部の考え
小平糧うどんは、作り方も、名の由来も、食べる場所も、武蔵野手打ちうどん保存普及会が自分で説明しているうどんです。会は昭和63年1月の設立から、会員向けに年間5回の講習会を開き、小平市内の小学校で四人1組の体験会をし、ふるさと村では毎日朝から会員が打っています。文化庁に出した認定の文も会が書き、三度足で踏むことと糧を小皿で添える訳を、そこに自分の言葉で書いています。読者がふるさと村で受け取る500円の一杯は、その会員がその朝に打ったものです。