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平塚の「ふるさと歴史かるた」は、市民924人の句から生まれた

本文の価格・時刻・日程は2026年9月26日時点の公式発表に基づきます。予約の直前に各公式サイトで最新情報を確認してください。

湘南平の展望台から見た景色。手前に緑の丘陵が広がり、奥に丹沢の山並みと雪をかぶった富士山が見える
湘南平からの眺め。「ほ」の札の題材(2023年4月撮影) 写真: Nesnad(CC BY 4.0、Wikimedia Commons)

平塚市が「ふるさと歴史かるた」を作ったときの願いは、市のページに書いてあります。市制施行70周年の記念に、ふるさとを見直すことで子どもや市民に郷土への愛着を持ってもらい、「異世代間コミュニケーションへの呼び水となることを願って」作った、と。読み札は市民の公募で集まった句から選ばれ、絵札の原画は湘南の風景を描き続けた画家が担いました。かるたと解説書のセットは1セット500円で、平塚市役所本館7階の社会教育課と平塚市博物館、平塚市美術館で買えます。

読み札は市民の公募で選ばれた

読み札の公募には、小学3年生から90歳までの924人が、平塚を表す45の題材に3,814首を寄せました。1人で76首を出した人もいます。どの句からも平塚を大切にする気持ちが伝わってきて、選考委員会は選ぶのにとても苦労したそうです。子どもから大人までが遊びながら平塚を知ることができるか、読みやすいか。その二つを見て、45首が選ばれました。

札はいろは順で、最後に「京」の札を足して45首です。制作・発行は平塚市教育委員会、発行年は2003年、読み札と絵札を合わせて90枚です(群馬大学の郷土かるたコレクションの記録)。平塚が市になったのは1932年(昭和7年)で神奈川県で4番目の市でしたから、70周年は2002年です。

絵札の原画は、画家の田口雅巳さんが描きました。市のページの略歴では、1936年に東京で生まれ、1945年から湘南に住み、湘南の風景を生涯の仕事として描いた人でした。1992年には「江ノ電沿線かるた」の絵札の原画も手がけ、「ひらつか七夕まつり」の竹飾りの審査委員も務めています。2010年7月に74歳で亡くなりました。

湘南平の札

読み札を読むと、平塚の人が自分の町のどこを好きかが分かります。「ほ」の札は「星に手が 届きそうだよ 湘南平」。アイキャッチの写真の場所で、標高約180mの台地です。2000本の桜があり、湘南の海岸線から丹沢、富士、伊豆半島まで見渡せます。名づけたのは昭和32年の戸川市長で、それまでは千畳敷とも呼ばれていました。市はここを平塚八景の一つに数え、春は桜やツツジの花見と、緑のハイキングコースとして案内しています。平塚駅北口からバスの「湘南平」行きで終点まで行き、歩いて5分です。

いろはの最初の「い」の札は、「お茶屋寺」と呼ばれる清雲寺を詠んでいます。徳川家康は鷹狩りのときに豊田本郷の清雲寺によく立ち寄り、寺の井戸の水でいれたお茶を飲んだので、大門に「お茶屋寺」の碑があると解説にあります。家康は中原に御殿も置きました。「な」と「け」の札はその中原御殿と、江戸城と中原御殿をまっすぐ結ぶ中原街道です。

「ぬ」の札は、相模川の鮎を詠んでいます。解説は、山中湖を源に神奈川県の中央を南北に貫く川で、かつては鮎が豊富に上り、船運も盛んだったと書いたあと、上流にダムや取水ぜきができて水量が減ったことにも触れています。「よ」の札も同じ川で、源頼朝の馬が飛び込んだという馬入川の名の由来を詠んでいます。

平塚市馬入付近の相模川。広い川面と、対岸に続く堤防と町並み
馬入付近の相模川。「ぬ」の札の題材(2011年7月撮影)写真: Aimaimyi(CC BY-SA 3.0、Wikimedia Commons)

「は」の札は、花水川の桜を詠んでいます。花水川は桜の名所で、源頼朝が花見に来たときには散ったあとだったので「花見ず川」になった、という伝説を解説は載せています。

花水川と、川に架かる花水川橋
花水川橋と花水川。「は」の札の題材(2021年8月撮影)写真: Nesnad(CC BY 4.0、Wikimedia Commons)

「ま」の札は、里山のほたるを詠んでいます。解説は、荒れた里山をよみがえらせる活動が始まっていて、市内西部の丘陵にはほたるが今も自生する場所があると書き、子どもたちのために皆で守りたいと結んでいます。「あ」の札は、毎年7月上旬に開かれる平塚の夏の行事、七夕まつりです。

最後の「京」の札は「京の姫 静かに眠る 平塚の塚」。桓武天皇の孫・高見王の娘の政子が東国へ向かう途中にこの地で亡くなり、墓として築いた塚が平らになったので平塚の地名が起きた、と解説は伝えています。塚は「平塚の塚緑地」として整えられています。町の名前の由来を、いろはの最後に置いた形です。

平塚駅から歩いて行ける札の場所

「く」の札は、八幡宮のくすの木の森を詠んでいます。くすの木は平塚の市民の木で、解説によると八幡宮の森などで見事な林が見られます。平塚八幡宮は、JR東海道線平塚駅の北口から市役所の方へ歩いて8分、宮の前交差点のそばです。バスなら「市役所前」で降りて徒歩3分。

平塚八幡宮の本殿
平塚八幡宮の本殿。「く」の札の題材(2021年5月撮影)写真: Saigen Jiro(CC0、Wikimedia Commons)

「る」の札は、江戸見附を詠んでいます。見附は宿場の境を示す構造物で、平塚宿は東海道五十三次の江戸から7番目の宿場でした。市によると、平塚駅西口から徒歩8分の見附台公園の近くに、江戸見附を再現した「江戸見附緑地」があります。

石積みの台の上に芝を植えた江戸見附の再現と、「東海道五十三次 平塚宿の江戸見附」と書かれた木の標柱、竹の柵
平塚宿の江戸見附(再現)。「る」の札の題材(2010年4月撮影)写真: Aimaimyi(CC BY-SA 3.0、Wikimedia Commons)

「り」の札は、D52形蒸気機関車を詠んでいます。文化公園に1969年(昭和44年)から置かれているD52形蒸気機関車で、ボランティアが手入れをしています。平塚市博物館のページによると、御殿場線で走っていた403号機で、外観はいつでも見られ、近くで見たいときは博物館の受付に申し出る形です。博物館への行き方は平塚市博物館の記事にあります。

屋根の下に保存された黒い蒸気機関車。前面に「D52 403」のナンバープレート
平塚市文化公園のD52形403号機。「り」の札の題材(2021年5月撮影)写真: Saigen Jiro(CC0、Wikimedia Commons)

「せ」の札は、平塚市美術館を詠んでいます。解説によると「湘南の美術・光」を主題に湘南ゆかりの作品を集めている館で、かるたの売り場の一つでもあります。

平塚市美術館の建物の外観と、前の広場
平塚市美術館。「せ」の札の題材(2008年5月撮影)写真: Dddeco(CC BY 2.5、Wikimedia Commons)

かるたを売っている場所

売り場開いている日と行き方
平塚市役所本館7階の社会教育課月曜から金曜の午前8時30分から午後5時まで
平塚市博物館入館無料。月曜日が休館日。平塚駅北口から徒歩約20分
平塚市美術館開館日は美術館の公式サイトで

値段はどこも1セット500円で、市のページによります。市役所は土日が閉まっているので、週末に買うなら博物館か美術館です。郵送で買えるかは市のページに案内がなく、未確認です。遠くから買いたい人は、社会教育課(直通0463-35-8123)に問い合わせてください。解説書はかるたを作ったころの書き方のままですから、施設のいまの様子は、それぞれの公式の案内で確かめてください。

編集部の考え

このかるたを取り上げたのは、45首が市民924人の句からできているからです。小学3年生と90歳の人が同じ題材に句を寄せ、その札で、今度は子どもと祖父母が一緒に遊べます。

読み札には、家康が茶を飲んだ寺も、御殿場線を走った機関車も、今も自生しているほたるも、同じ大きさの札で並んでいます。平塚を歩く前に解説書を一度読んでおくと、駅から8分の八幡宮の森が、市民の木のくすの木の林だと分かって歩けます。

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