明治 18 年(1885 年)の正月、新橋と横浜を結ぶ汽車の急行が、三が日だけ川崎に停まりました。ふだんは通過する駅です。当時の新聞には、その理由は川崎大師へ「初詣」に行く人が多いからとあります。
この新聞記事は、歴史学者の平山昇氏が著書で引いているもので、JR 東日本の自社メディアでは、「初詣」という言葉が登場した記事として取り上げられています。古くからの行事のように思われていますが、言葉としては 140 年ほど。記事に出てくるのは、東京から汽車で行ける川崎の寺でした。
元日に参る先は、年ごとに変わっていた
平山氏の本と、それを参考にした JR 東日本の記事によると、江戸から明治のはじめの東京では、元日に参るのは住まいの氏神か、その年の恵方に当たる社寺でした。恵方は年ごとに変わるので、参る先も年ごとに変わります。
川崎大師には別のにぎわいがありました。弘法大師の縁日は毎月 21 日で、一年で最初の 1 月 21 日が「初大師」。川崎大師は大治 3 年(1128 年)の開創と伝わり、11 代将軍の徳川家斉が厄除けの祈願に訪れてから、厄除けの大師として広く知られるようになったと寺は説明しています。ただ、東京からは遠く、歩いて気軽に行ける場所ではありませんでした。

汽車に乗って行く、毎年同じ寺
新橋〜横浜の鉄道ができて、川崎大師は東京から日帰りで行ける場所になります。恵方に当たる年に東京の人が参るようになり、やがて恵方に関係なく、元日のあたりに毎年大勢が出かけるようになりました。鉄道の側も、毎年臨時列車を出すようになります。
恵方にも縁日にもこだわらず、正月に汽車で郊外の寺へ行く。平山氏の本によると、この新しい参り方が川崎大師で定着し、そこに「初詣」という言葉が出てきました(JR 東日本の記事より)。汽車に乗ること自体が珍しかった時代で、参詣は行楽でもありました。
同じことが各地で起きます。JR 東日本の記事は、1895 年に甲武鉄道(いまの中央線)が飯田町まで延びて堀之内の妙法寺へ、1899 年に東武鉄道が開業して西新井大師へ、人が電車で通うようになった例を挙げています。成田山新勝寺へ向かう成田鉄道は、はじめから参詣客を運ぶために建設された路線でした。
京急の最初の電車は、大師の縁日に走った
汽車の川崎の駅は、大師から離れています。大師の近くまで電車を通したのが大師電気鉄道です。京急電鉄の資料によると、会社の設立は 1898 年 2 月。翌 1899 年(明治 32 年)1 月 21 日に、六郷橋〜大師の約 2km が開業しました。営業用の電車としては日本で 3 番目です。
1 月 21 日は初大師の日。開業の日を縁日に合わせています。
会社は 3 か月後の 4 月 25 日に京浜電気鉄道と名前を変えました。1902 年に川崎へ、1904 年に品川へ、1905 年に神奈川へ線路を延ばしていきます。いま品川と横浜、羽田空港を結んでいる京急は、大師へ参る人を運ぶ 2km から始まった会社です。
大晦日の終夜運転も同じ流れにある
大晦日の夜から元日にかけて参る「二年参り」は、昭和に入ってから生まれた習慣で、鉄道が夜通し走るから成り立った、と JR 東日本の記事にあります。初詣の人出と夜通し走る電車は、組になって広まったことになります。
この冬の各社の終夜運転と臨時列車の予定は、発表が出そろったところで別の記事にします。
編集部の考え
初詣の記事は、どこの神社が有名か、ご利益は何か、から入るものが多いです。このサイトは駅から入ります。理由は、初詣そのものが駅から始まった行事だからです。
川崎大師の例で分かるのは、人が集まる寺社は、由緒だけでなく線路の引かれ方で決まってきたということ。明治の新聞が書いたのは「急行が臨時に停まる」で、いまの読者が知りたいのも、どの駅で降りて何分歩くか、帰りの電車は何時まであるかです。140 年たっても、知りたいことはあまり変わっていないと思います。
研究をきちんと読みたい人には、平山氏の新書『鉄道が変えた社寺参詣PR』が入口になります。出版社の紹介では、鉄道会社どうしの集客競争が初詣を育てた経緯を、史料から順に追った本とされています。JR 東日本の記事によると、関西で初詣が広まった経緯も書かれています。2015 年の『初詣の社会史』(東京大学出版会)は同じ著者の研究書で、A5 判 328 ページ、税込 7,040 円です。
いまの川崎大師へ
川崎大師の公式の案内では、京急川崎駅で大師線に乗り換えて川崎大師駅まで行き、そこから歩いて 8 分です。東京方面からは品川駅、横浜・鎌倉方面からは横浜駅で京急に乗り換えます。JR 川崎駅東口からは、川崎鶴見臨港バスの大師行きもあります。

遠くから来て正月の朝に合わせるなら、前の晩の宿は楽天トラベルの京急川崎駅周辺のホテル・旅館の一覧PRで探せます。大師線に乗り換える駅なので、朝はそのまま大師線に乗れます。
初詣の時期は周辺の道路に交通規制がかかります。警察と川崎大師観光協会の名前で規制の地図が出ていて、そこにも「電車・バスを御利用下さい」と書かれています。初詣と厄除けの祈願の受付時間、混む時間帯は、この冬の案内が出てから初詣・厄除けと寺社めぐりに足していきます。
京急は羽田空港から横浜へ出る路線でもあります。飛行機で横浜花博へ来る人の乗り方は、羽田空港から会場への行き方に書きました。