名前の応募は、2005年の愛・地球博が82,527件、2025年の大阪・関西万博が33,197件、2027年の横浜花博(GREEN×EXPO 2027)が6,076件でした。数字だけ見ると回を追うごとに減っていますが、募集のやり方が同じだったとは限らないので、そのまま関心の差とは読めません。
日本で開かれた国際博覧会は、1970年の大阪万博から2027年の横浜花博まで7つあります。マスコットの名前を全国から募る形は1990年の花の万博までさかのぼれますが、デザインのほうは公募のときも指名のときもあります。閉幕後に誰が権利を持ち、いまどこで会えるかも、博覧会ごとに違います。
7つの博覧会とマスコットの早見表
| 博覧会 | マスコット | 決め方(公式資料で確かめられた範囲) | いまの窓口・会える場所 |
|---|---|---|---|
| 1970年 日本万国博覧会(大阪万博) | 記載なし | 万博記念公園の公式サイトにマスコットの記載がない | 万博記念公園(太陽の塔) |
| 1975年 沖縄国際海洋博覧会 | 記載なし(オキちゃんはイルカショーの劇場の名前) | 海洋博公園の公式サイトにマスコットの記載がない | 海洋博公園(オキちゃん劇場) |
| 1985年 国際科学技術博覧会(科学万博-つくば’85) | コスモ星丸 | 公式の資料では確かめられなかった | つくばエキスポセンター(グッズ) |
| 1990年 国際花と緑の博覧会(花の万博) | 花ずきんちゃん | 全国公募9,603件、審査委員長は手塚治虫 | 国際花と緑の博覧会記念協会、咲くやこの花館 |
| 2005年 愛・地球博 | モリゾー・キッコロ | 愛称は全国公募82,527件 | 地球産業文化研究所(モリコロライセンスセンター)、愛・地球博記念公園 |
| 2025年 大阪・関西万博 | ミャクミャク | デザインは公募(最優秀作品)、愛称は公募33,197件 | 大阪・関西万博の博覧会協会 |
| 2027年 横浜花博 | トゥンクトゥンク | デザインは指名コンペ、名前は公募6,076件 | 2027年国際園芸博覧会協会 |
1970年と1975年:跡地の公園の公式サイトにマスコットの記載がない
1970年の大阪万博は77カ国が参加し、入場者は6,400万人を超えました。会場跡の万博記念公園の公式サイトは、博覧会の概要、準備から閉幕までの経過、太陽の塔、会場スタッフやポスターと項目を立てて紹介していますが、マスコットの項目はありません。シンボルとして書かれているのは高さ65メートルの太陽の塔で、2025年8月27日に重要文化財(建造物)に指定されています。公式マスコットがなかったと言い切れる資料は見つからなかったので、ここでは「公園の公式サイトに記載がない」までにとどめます。
1975年の沖縄国際海洋博覧会は、海洋博公園の公式サイトによると、世界で初めて「海洋」をテーマにした特別博です。会場跡は閉幕から半年後の1976年8月に国営公園として仮に開き、9月1日に正式公開されました。当時の名前は「沖縄エメラルドパーク」です。公園にはいまもイルカショーの「オキちゃん劇場」がありますが、公式サイトでオキちゃんは劇場の名前として出てくるだけで、博覧会のマスコットだったと説明する箇所は見当たりません(未確認)。
1985年 つくば:コスモ星丸はつくばエキスポセンターにいる
1985年の国際科学技術博覧会(科学万博-つくば’85)は、テーマ「人間・居住・環境と科学技術」で筑波研究学園都市で開かれました。マスコットはコスモ星丸です。ただし、誰がどう決めたかは、記念施設のつくばエキスポセンターの公式サイトを含め、公式の資料では確かめられなかったので、ここでは名前だけにします(未確認)。
つくばエキスポセンター(茨城県つくば市吾妻2-9)は、科学万博の政府出展施設として1985年に完成し、1986年に財団法人つくば科学万博記念財団のもとで科学館として再オープンした建物です。館のサイエンスミュージアムショップには、復刻版のコスモ星丸Tシャツ、万博40周年記念のキーホルダーや缶バッジ、ぬいぐるみなど、コスモ星丸のグッズが並んでいます。閉幕後もこの館がコスモ星丸の受け皿です。

1990年 花の万博:花ずきんちゃんは9,603件から選ばれ、立体化は手塚治虫
1990年4月1日から9月30日まで大阪・鶴見緑地で開かれた国際花と緑の博覧会(花の万博)のマスコットが、花ずきんちゃんです。国際花と緑の博覧会記念協会のサイトによると、手塚治虫が審査委員長を務めた審査委員会が全国9,603件の応募から選び、作者は福岡在住のイラストレーター蔵前侑吏恵さん。森の中を飛び回る妖精をイメージしたデザインで、立体化は手塚治虫が手がけました。シンボルマークのほうは指名コンペで勝井三雄の作品が選ばれていて、同じ博覧会でもマークは指名、マスコットは公募と分かれています。
閉幕後の資料は記念協会が集めています。会場跡の花博記念公園鶴見緑地にある咲くやこの花館(大阪市鶴見区、Osaka Metro長堀鶴見緑地線の鶴見緑地駅から徒歩約10分)では、2020年11月17日から12月13日まで、2階展示室で30周年のメモリアル展が開かれ、手塚治虫が立体モデルに描き直したときの石膏モデルが初めて公開されました。花ずきんちゃんが、宇宙から花の万博を見に来た「パパグリーン」を案内するVTRがあったことも、この展示の案内に書かれています。記念協会は、当時の記念品や花ずきんちゃんの関連品の寄贈を募ってきました。

2005年 愛・地球博:名前は82,527件の公募、デザインの使用は2025年から無償
モリゾーは森のおじいちゃん、キッコロは森のこども。愛知県瀬戸市の海上の森に住む森の精という設定で、2005年日本国際博覧会協会は開催1000日前の2002年6月29日に2体の愛称を発表しました。全国から募った応募は82,527件。選定委員会は独自性・親密性・国際性・記憶性・意味性の5つを基準に、2体でペアに見える組み合わせを選んでいます。最優秀作品は愛知県豊橋市と茨城県水戸市の2人で、賞金は各15万円でした。
閉幕後の権利は一般財団法人地球産業文化研究所(GISPRI)が持ち、モリコロライセンスセンターが窓口です。2025年3月10日付の「愛・地球博キャラクターデザイン等使用要領」により、同年3月25日以降の申請分からデザインの使用料が無償になりました。申請は要ります。使えるのは、環境教育や自然再生の活動、愛・地球博を記念・想起させる内容などに当てはまる場合で、許諾の期間は原則として最長1年です。着ぐるみの使用は一部を除いて引き続き有償です。
会えるのは、愛知県長久手市の愛・地球博記念公園(モリコロパーク)です。公園の公式サイトには、2体は閉幕とともに森に帰ったが、今でも時々モリコロパークに遊びに来る、とあります。2026年は開園20周年で、モリゾー・キッコロの下絵に色を塗るクリアファイル作りや、練切で2体を作る和菓子の催しが公園で開かれています。

2体のぬいぐるみやマスコットは、楽天市場の「モリゾー キッコロ」の検索結果PRで見られます。愛・地球博のころの中古の品も混ざります。
2025年と2027年:ミャクミャクは公募、トゥンクトゥンクは指名コンペ
ミャクミャクは、赤い部分が「細胞」、青い部分が「清い水」の生き物です。デザインは公募で、2022年3月22日に最優秀作品が決まりました。作者はデザイナー・絵本作家の山下浩平さんが代表を務めるグループ「mountain mountain」です。愛称も公募で、応募は33,197作品。最優秀は同じ「ミャクミャク」で応募した川勝未悠さんと作田陽向さんの2人で、2人とも最優秀賞になりました。
閉幕後も権利は大阪・関西万博の博覧会協会にあり、出演依頼は、万博の理念の継承、SDGsの推進、地域活性化のどれかに当てはまる内容かを審査したうえで受け付けています。二次創作は、SNSへの投稿など公衆送信の範囲で認められていて、販売や広告への使用、頒布は禁止です。会場にあったモニュメントの今の場所と、協会の今後はミャクミャクはどこへ行ったの記事にあります。
トゥンクトゥンクは、2027年国際園芸博覧会協会が決め方を変えています。デザインは指名コンペで、キャラクターデザイナーや絵本作家などに参加してもらい、選考委員会(委員長は田中一雄さん)が絞った最終候補3作品について1月24日から2月6日まで意見を募り、2月に採用作品を決めました。発表は開催3年前の記者発表会(3月19日)です。名前は3月19日から4月8日まで公募し、応募は6,076作品。コピーライターなどによる1次審査を経て、開催1000日前の記者発表会(6月22日)で発表されました。デザインは映像ディレクター・アートディレクターの牧野惇さん、名前は北原やえさんの案です。二次創作の決まりはミャクミャクとほぼ同じで、画像の提供はしていません。姿と物語はトゥンクトゥンクの記事に書いています。
編集部の考え
名前の応募件数を並べると、2005年の82,527件、2025年の33,197件、2027年の6,076件と、回を追うごとに減っています。ただ、2027年の募集は3月19日から4月8日までの3週間で、2005年と2025年の期間や窓口は今回当たった資料には書かれていません。件数の差は、関心の差より募集の長さと方法の差が大きいのではないかと思います。これは推測です。
決め方のほうは、事実を並べると一方向には動いていません。1990年はデザインを9,603件の公募から選び、2025年もデザインと愛称の両方を公募しました。2027年はデザインを指名コンペに戻し、最終候補3作品への意見募集を挟んで、名前だけを公募しています。名前を全国から募る形は1990年から変わらず、デザインは公募と指名のあいだを行き来している、というのが公式資料から言えることです。
閉幕後の扱いで差が出るのは、権利の置き場です。モリゾー・キッコロは財団が20年持ち続け、2025年に使用を無償にしました。ミャクミャクは協会が持ったままです。歴代を並べて見えてくる違いは、決め方よりも閉幕後の20年にあると思います。