矢島凍み豆腐は、長野県佐久市の矢島地区で冬に作られる凍み豆腐です。佐久地方の凍み豆腐は、堅い木綿豆腐を薄く切り分け、夜のあいだ戸外の寒さに当てて凍らせます。作るのは12月半ばから2月にかけて。昼と夜の気温差で凍っては解けることを繰り返させ、1週間から10日ほどかけて水分を抜いていきます。佐久地方のなかでも産地として名が挙がるのが、佐久市(旧浅科村)の矢島地区です。
文化庁が、地域で世代を超えて受け継がれてきた食文化を認定する100年フードには、令和4年度に伝統の100年フード部門で認定されました。申請したのは、地元の農事組合法人矢島いきいき会です。
信玄と虚空蔵山の凍った豆腐
始まりは、次のようにいわれています。むかし、武田信玄が上杉謙信を攻めるために甲州から兵を率いて来て、矢島の西方にある虚空蔵山(こくぞうさん)の頂で宿営しました。虚空蔵山は、信州から甲州へ戦況を知らせるのろしを上げる場所でした。矢島城主がここで信玄の食膳に豆腐を出したところ、ちょうど寒中のことで、豆腐はすっかり凍ってしまいます。信玄はその豆腐を美味だとほめ、「これを薄く切って凍らしたら良いだろう」と農民たちにすすめました。矢島いきいき会が認定のために書いた文にある話で、佐久市の特産品のページにも同じ話が載っています。
会の文には、いまは県内外から注文が寄せられていて、「期間と地域が限られるファンの多い逸品です」とあります。期間は冬、地域は矢島です。
60軒余りいた作り手
矢島地区の凍み豆腐は、古くから農家の冬の収入源でした。原料の大豆は米の転作作物として市内の各所で栽培されていて、矢島にも大豆を作付けした転作田があります。
その作り手は減ってきました。長野県の住まい方の事例ページには、400年以上受け継がれる矢島の凍み豆腐について、1960年代には60軒余りいた生産者が高齢化で5軒程になった、とあります。佐久市の農産物のページ(2015年2月更新)でも、冬に手作りの凍み豆腐を作っているのは数軒の農家でした。
県の支援金を受けた事業の報告では、減ったわけに、高齢化と並んで厳寒期の労働が挙がっています。作業は全て手作業です。
矢島いきいき会が開いた研修会
矢島いきいき会は、平成16年度に農業集落排水処理場を矢島地域再生施設に改修したことを機に設立された組合です。矢島地区の遊休農地で大豆を育て、地場産大豆100%の豆腐と味噌を作って売ってきました。
会は凍み豆腐の技術を伝えるために、平成19年12月から平成20年2月にかけて研修会を開いています。長野県食品工業会による加工の研修、地元の製造者による現場指導、それに編み方の講習会でした。報告の時点で組合員は75名で、研修会には組合員など22名が参加しています。この冬に作ったのは袋詰めの製品で、35枚入りの袋が1,990袋でした。地区内の女性8名が編み方を習って編めるようになり、次の冬からは編んだ製品も作ることになりました。
82歳の作り手に教わった金子さん
2016年には、東京で都市計画の仕事をしていた金子久登己さんが、佐久市の地域おこし協力隊として浅科地区に入りました。1年目は矢島いきいき会で米と豆腐、凍み豆腐の作り方を教わり、翌年は当時最高齢だった82歳の作り手に凍み豆腐作りを学んでいます。
3年目の冬、金子さんは信源豆腐店を開きました。店舗兼製造所は、むかし豆腐作りに使われていた家屋で、師匠から紹介されたものです。借りた古民家には昔ながらの凍み豆腐の製造設備が残っていましたが、いまの衛生基準には合っていませんでした。金子さんは半分以上を自分の手で改修し、保健所の許可を取っています。金子さんの活動報告書には、12月中旬から2月下旬までの間に約20,000枚の凍み豆腐を製造し、完売したとあります。
県の事例ページによると、金子さんは「豆腐は生き物」という亡き師匠の教えを守りながら、4年目には長野県で栽培される青大豆を使った緑色の凍み豆腐も作って売りました。小学校では出前授業をして、凍み豆腐の歴史や作り方を教えています。授業を受けた児童から、将来は先生になってこの授業をするからそれまで頑張ってほしい、と言われたことがうれしかったそうです。
道の駅ほっとぱーく・浅科と市内の店
佐久市が公開しているレシピには、矢島いきいき会の豆腐やしまとうふと矢島の凍み豆腐を紹介したあとに、買える所として、道の駅ほっとぱーく・浅科、Aコープ佐久平店、ナナーズ安原店などが挙がっています。やしまとうふは、佐久市浅科産の大豆100%で作る絹豆腐です。
道の駅ほっとぱーく・浅科は国道142号線沿いにあり、市内や近隣の特産品を置く物産展示館、農産物直売所、五郎兵衛米の料理を出すレストランあさしな亭が入っています。金子さんが加藤夕紀子さんと2019年に設立した合同会社TEAM3939は、2020年からこの道の駅の運営も行っています。
凍み豆腐がそれぞれの店に並ぶ時期と値段、道の駅の営業時間と休みの日は未確認です。矢島凍み豆腐を取り寄せられる公式の通販ページは見つけられませんでした。出かける前に、佐久市観光課(電話 0267-62-3285)に確かめられます。
佐久平駅からの足
道の駅ほっとぱーく・浅科は、中部横断自動車道の佐久南インターチェンジから車で約15分です。大駐車場は24時間使えます。
佐久平駅は、JR北陸新幹線と小海線の駅です。バスでは、佐久市バスの中仙道線(千曲バス運行)が、中込駅から佐久平駅を通り、望月バスターミナルを経て蓼科高校まで走ります。運賃は大人200円で、土曜・日曜・祝日は運休です。ただ、令和8年4月改正の時刻表の停留所に道の駅の名前はありません。どの停留所で降りれば道の駅や矢島地区に近いかは未確認です。
編集部の考え
矢島凍み豆腐は、佐久市の矢島という一つの地区で、冬のあいだだけ作られています。作る時期は12月半ばから2月で、1960年代に60軒余りいた生産者は5軒程になりました。2016年に佐久へ来た金子さんは、2年目に、当時最高齢だった82歳の作り手に教わりました。3年目の冬に信源豆腐店を開き、その一冬に作った凍み豆腐は約20,000枚です。