栃木県佐野市のいもフライは、蒸すか茹でたじゃがいもを一口に切って竹串に刺し、衣をつけて揚げ、ソースをかけた食べ物です。佐野名物いもフライの会が出しているいもフライマップの2024年10月版では、JR佐野駅の前のおやつの店 ぴのやが1本130円、佐野厄除け大師のすぐ前の大師庵が2本360円からで載っています。この記事の値段と営業時間は、2026年10月16日に佐野市観光協会のページから取ったこの版の表記です。出かける前に店へ確かめてください。
駅前と厄除け大師の前の店
マップには19の店に番号が振られています。そのうち佐野駅前と、大師と同じ金井上町にあるのは次の3店です。
| 店 | 場所 | 値段(本数、2024年10月版) | 営業時間と休み | 駐車場 | マップの紹介から |
|---|---|---|---|---|---|
| おやつの店 ぴのや | 若松町54(佐野駅前すぐ) | 1本130円 | 11:30〜終了次第、休みは不定 | なし | 道の駅どまんなかたぬまでもキッチンカー |
| 大師庵 | 金井上町2522(佐野厄除け大師のすぐ前) | 2本360円〜 | 10:30〜18:00、金曜日休み | なし | お参りの際の立ち寄りに |
| からあげ家 なるねこ | 金井上町2265-6 | 1本200円 | 10:00〜15:00、火・水曜日休み | 4台 | 佐野黒から揚げも。お土産にも |
大師庵の欄は2本からの値段で、1本の値段は書かれていません。
駅から厄除け大師へ
佐野市観光協会の案内では、厄除け大師の入口の正面にある佐野市観光物産会館(金井上町2519)まで、JR佐野駅から歩いて約18分です。同じ案内には、東武佐野線の佐野市駅から徒歩約18分とも書かれています。道順は案内に載っていないので、地図で確かめてください。
JR両毛線の佐野駅は、東武佐野線の佐野駅(上の佐野市駅とは別の駅)と乗り換えのできる駅です。JRの平日の時刻表では、10時台から15時台に小山方面と桐生・高崎方面の列車がそれぞれ1時間に1本です。帰りは、平日の小山行きの最後が22:58、高崎行きの最後が21:58で、そのあとに桐生行きが22:46と23:38にあります。土曜・休日は別の時刻表です。
ほかの町の店
マップの紹介の一行に店の特徴が書かれた店から、5店を挙げます。駅や大師からの道のりはマップに無く、5店とも駐車場は「あり」です。
- 江原商店(高萩町561-10):1本120円、10:00〜16:00、日・水曜日休み(臨時休業あり)。紹介には「老舗中の老舗」とあります。観光協会の店のページでは1本100円ですが、そのページには日付がなく、どちらが新しいかは分かりません。
- 坂本商店(堀米町2170):1本90円、11:00〜13:00と16:00〜18:30(売り切れ終了あり)、日・月曜日休み。揚げたてを独特のソースでからめる店です。
- いもフライ大しま(関川町822-1):1本90円、10:00〜18:00位、月・火曜日(祝日の場合は翌日)と第4日曜日休み。紹介は「冷めてもおいしく頂けます」。
- いでい焼そば店(上台町2096):1本150円、9:30〜18:50(LO.18:15)、月曜日休み。ジャンボいもフライの店です。
- 農家直営 ぽっぽや(富岡町1305):1本120円、16:00〜18:00(土・日・祝は11:00〜17:30)、火曜日休み。
ソースを買う
マップの表面には、さのまるのおすすめとして特製ソースの2社が載っています。金井上町2266の半久食品工業の手づくりソース(300ml・500ml)と、田島町168-1の早川食品のミツハフルーツソースです。早川食品はこのマップを出したいもフライの会の事務局で、自社の欄には「名物いもフライは、ミツハフルーツソースで決まります。」とあります。
マップの値段はミツハフルーツソースの1L 660円、1.8L 830円で、半久食品工業の値段は載っていません。営業時間はどちらも9:00〜17:00で、休みは早川食品が土曜日・日曜日・祝日、半久食品工業が不定休です。
早川食品の通販の商品一覧(2026年10月19日に見た表記)には、ミツハフルーツソースが300ml・1L・1.8Lで載っています。一覧に値段は出ておらず、送料は関東なら825円です。電話やFAXでも注文を受けています。
竹串に刺して揚げる
いもフライの会は文化庁の100年フードに申請し、佐野のいもフライは令和6年度の未来の100年フード部門に認められました。申請の文には「竹串に刺してあることがポイントで」とあり、市内に竹細工屋が多く竹串が手に入りやすかったことなどから、購入した人が食べやすいようにと考えられたようだ、と続きます。
始まりの話は、早川食品のサイトの由来のページにあります。戦後の食糧難のころ、ジャガイモのフライを串に刺してリヤカーで売り歩いた商いについて「それがいもフライの元祖と言われています」とあります。同じページはルーツの人として七軒町の蝶野さんを挙げ、長女の話として、戦前から夏は枝豆を売り歩いていたこと、いもフライは村祭りや運動会にリヤカーで行ってその場で揚げていたこと、戦時中は休み、昭和26年11月3日の市民体育祭で復活したことを載せています。