吉田神社の追儺式(ついなしき)と火炉祭(かろさい)は、同じ日には見られません。神社の節分祭のページでは、鬼やらいの追儺式は節分の前日の午後、古い神札を焼き納める火炉祭は当日の午後の神事です。2027年の日付と開始の時刻は、2026年10月19日の時点でまだ神社から出ていません。
神社は節分祭の間は境内の臨時駐車場に車を置けないと案内しているので、行くときは京阪の出町柳駅から歩くか、市バスに乗ります。
前日の追儺式と当日の火炉祭
節分祭のページの表と本文では、2つの神事は次のように分かれています。表の日と時刻はそのページの書き方のままで、2027年の予定として出たものではありません。
| 日 | 神事 | 場所 | 時刻 |
|---|---|---|---|
| 前日 | 追儺式(鬼やらい神事) | 本宮前 舞殿 | 午後 |
| 当日 | 火炉祭 | 本宮前 火炉 | 午後より |
2027年の日付はまだ出ていない
年中行事のページは令和7年(2025年)の予定のままで、前日祭が2月1日、当日祭が2日、後日祭が3日の予定として載っていました。節分の日は年によって動き、神社は日時を変えたり取りやめたりする場合があると断っていて、祭典の内容や日時は社務所(075-771-3788)に問い合わせるよう案内しています。
出町柳駅から歩くか、市バスで行く
神社のアクセスのページでは、境内の臨時駐車場(約20台)は節分祭の間は使えないとされ、神社は公共の交通機関で来るよう案内しています。
電車なら、京阪本線の出町柳駅の2番出口から川端通を南へ歩き、川端東一条の交差点を東へ折れて直進し、徒歩約20分です。市バスなら京大正門前の停留所から徒歩約5分で、東山東一条から鳥居の見える東へ進みます。
神社のアクセスのページでは、市バスの所要は京都駅前から206号系統で約31分、四条河原町から201号系統で約16分、出町柳駅前から201号系統で約4分、烏丸今出川から201号系統で約9分です。タクシーの目安は、JRの京都駅から約20分、阪急の河原町駅から約10分、出町柳駅から約5分、地下鉄の今出川駅から約10分とあります。バスもタクシーも神社のふだんの案内にある値で、節分祭の日の所要ではありません。
前日の追儺式と当日の火炉祭の両方を見ると、2日にまたがります。日付が出てから宿を決めるなら、楽天トラベルの出町柳駅周辺のホテル・旅館の一覧PRで探せます。
古い神札を納めるとき
参拝者が持ってきた古い神札は、節分祭の火炉に納められます。神社の説明では、当日の火炉祭で、納められた神札やお守りに宿る神霊が元の御座に還るよう、浄火をつけて焼き納めます。
火炉に納められるのは、古い神札とお守りだけです。神社は環境への配慮を挙げて、人形やはがき、写真など暮らしで使っていた物、鏡餅などの食品や祝い箸は受け付けていません。神札を入れてきた紙袋も受け付けていません。
厄塚と節分の間だけの神符
節分祭のページでは、期間中は大元宮の正面に厄塚(やくづか)が立つとされます。厄塚は参拝者の厄を負う節分信仰の中心とされ、厄神や心に潜む鬼を塚に封じ込め、社殿とつながった注連縄で八百万の神との感応を願い、一年の健康を祈るものだと神社は説明しています。姓名と年齢を書いた紙に賽銭と厄豆を包んでお参りし、厄を払う習わしもあります。
家の玄関先にまつる疫神斎をはじめ、厄除守・開運守・節分神矢などの特別神符は節分の期間中だけの授与です。神札や神符はこの間、古くから魔除けの力があると言われてきたと神社が説明するくちなし色に染められます。
大元宮は、ふだんは中門から参拝しますが、節分祭のページの表では、節分の3日間に本殿や東西の諸神社まで入って参拝できる内院特別参拝があります(由緒のページでは内院特別拝観の名で載っています)。内院まで入れるのは正月の3日間と節分祭、毎月1日に限られ、拝観料はかかりません。
節分祭のページには、前日と当日の両日に露店が約800店並び、参拝者は例年約50万人で、境内が露店と参拝者の「人波で埋め尽されます」とあります。
追儺式で方相氏が盾を打つ
追儺式は俗に鬼やらいと呼ばれて親しまれてきた神事で、平安朝の初めから宮中で毎年行われていたものを、古式のとおりに伝えてきたと神社は説明しています。吉田神社でいつから行われているかは、このページには書かれていません。節分祭のページには「古の趣を現在に伝える数少ない神事の一つ」とあります。
黄金の四つ目の仮面をかぶった方相氏(ほうそうし)が、陰陽師の祭文が終わると大声を上げて盾を3度打ち、行列が舞殿を巡ります。最後に桃の弓で葦の矢を放ち、疫鬼を追い払います。同じページには、この神事で「鬼すなわち悪神を追い払い諸人の不幸を除いて」、人々の幸福と平和な暮らしを願うとあります。節分祭そのものは、同じページでは室町時代に始まったとされ、京の大きな年中行事として続いてきました。
関東で節分の行事を見るなら、成田山新勝寺の節分会の記事があります。